改札を出て帰り道を、なんとなく目を閉じて歩いてみたら、5歩でこわくて目を開けて前を見てまた、今度は6歩。見通し良い一本道を目に焼き付けてもう一度数えながらすすんだら10歩、10歩、いつもより大きく手を振って、15歩までいけた。眠っているような瞑想しているような歩行。今朝は子供のころのアルバムを開いて、よし頑張るぞって出かけていった。こうして帰ってこれたことをうれしく思う。

改札を出て帰り道を、なんとなく目を閉じて歩いてみたら、5歩でこわくて目を開けて前を見てまた、今度は6歩。見通し良い一本道を目に焼き付けてもう一度数えながらすすんだら10歩、10歩、いつもより大きく手を振って、15歩までいけた。眠っているような瞑想しているような歩行。今朝は子供のころのアルバムを開いて、よし頑張るぞって出かけていった。こうして帰ってこれたことをうれしく思う。

皮膚の下に細胞があって細胞の中にまた小さな世界が広がっているだなんてと思いをミクロに馳せながら、湾を見下ろす高層ビルから対岸を眺めると、スカイツリーを中心に首都の全部がこの目に映る。きっとこういうことだろう、そばにいると見えないことが遠く離れると見えるって。あなたがそこにいるのを見守るためにわたしが星であることの意味も。

電車の中でA3を半分こに折って電気配線図を清書しているひとっている?そんなひと。はいここにいますもちもちおねいまん。フリーハンドでも丸のテンプレートを使って描いたみたいな丸、そして消えるペンで書いて消してフリーハンドでも直線。引き出し線も45度の角度ではないのだがとりあえず引いて、あっ、とペンケースがひっくり返ってゼムクリップをぶちまけてもそれは、布サブバックの中。セフセフって安堵しているひとって。

スタジアムの席に腰かけて相対する正面は外野席。みんなユニォームを着ていてオーーと声出ししてるオの巨大さにびっくり。ふだんはオはメイリオ10.5で見ていることがおおく、たまに18とか24とかにして、ふふん大きい、と満足している程度であったわたしとっては、見慣れない、くらべものにならないほどのオ。もしかしてヲ。接続詞的な 右へ傾きながらグラウンドに飛びだしてゆく。

ヤドカリが友達のおうちに行こうと。会えるかな、会いたいなって月夜の晩に。あいたいね、会えるかな。移動してしまうけどきっとね。つむじ曲がりのおうちのさきっぽから、渚を揺れる波波へ、どでかい貨物船へ、そしてオリオンの腕へ、ハリー・パーチの音階でみちしるべがうまれる。*1

あがた森魚のホームページから「オリオンの森」を購入したらジャケットの黒の森の背景部分に銀色でサインが入って届いて飾ってる。なんかさ、アメリカから日本に帰ってきた気分、んまあね日本にいたけどさ、この世界に戻ってきた気分だね。
*1:(オリオンはいち狩人だから彼のいるところには当然森が広がっているのである。)
潜水艇を操舵しながら自転車に乗ってスマートフォンをいじっている気分。忙しさを表現するにあたり。心の割合は決裁書と発注が間に合っていない伝票類でほぼ占められている円グラフの割合の余白を、二年ほど記帳していなかった銀行への訪問と、日本酒が潤沢なコンビニエンスストアで見つけた仙禽で埋めた。歌ってくれ尾崎もう一度この支配からのと、私たちは声を合わせて卒業と叫ぶから。
