もちもちおねいまんと4枚の絵

もちはもちや おねいまんはもちもちおねいまんです

年上の恋人

すごく年上の(29歳も年上の)そのひとは、時々ドライブにわたしを誘った。退屈な日曜日の初冬の夕暮れ。「もち行くか。」と言うので、大喜びで「いくいく。」だ。もちと呼び捨てにするのは世界でこの人だけだった。
360ccのシルバーの車*1 にズボンで乗り込んだわたしたちは、シートベルトなんてしないのだった。天も地も車も何もかも灰色で、河の流れだけが限りなく透明に近い群青色だった。本当は、あの青い流れの近くまで行って群青と白の三角波を見てみたいと、わたしはねだりたかった。
レースが終わった競馬場の駐車場までくると、車は止まって、
「もち あそこにあるあれ拾ってきて。」と言った。
「うん。」と助手席のドアを開けると猛烈な突風に煽られたが、「あそこにある『あれ』」を目指して駆けた。その人が指差した「あそこにある『あれ』」は赤鉛筆でひどく汚れていたのでわたしは気を利かせてもっと遠くで北風に翻る『あれ』を拾って戻った。そして、こっちがきれいだったからこっちにしたんだ、と手渡した。
その時、ありがとうと言ったのか、うんとだけ言ったのか、覚えていない。
けれど、世の中は、本当に       けれども・・・と思ったことを覚えている。


先日。ダンボール箱3杯分の競馬新聞を父が捨てた。
「捨てたんだ 『 あ れ 』 」とわたしは言った。
一枚三百円の競馬新聞を当時買えないほどうちは貧乏だったのかな、買えないわけじゃないけど今も昔もケチだったのかなとか(たぶんその両方)。
突然、ねえどうして『あれ』を捨てたの!と5歳のわたしが泣いた。


・・・

*1:かわいいスバル360でないLIFEとかいうほうのやつ